自分と家族と生徒達の幸せを考え、教育で社会を良くすることを目指す教師のブログ

『学び合い』の考え方を軸にした教育、アドラー心理学、部活動の社会体育化、教師の働き方改革、仕事と育児、お金の教育、人生100年・society5.0時代の進路指導を切り口に、自分と家族と生徒達の幸せを考え、教育を通して社会をよくしていくことを目指して発信しています。

年度末の生徒から教科担任へのメッセージに対して考えたこと。

年度末、

最後の授業の時に、教科担任の先生にお礼を言って、

クラスのみんなが一言ずつメッセージを書いたものを渡すというようなことが、よくあると思います。もちろんクラスに寄ります。

 

ありがたくて嬉しいことに、いくつかのクラスにそういうことをしてもらいました。

ありがとうございます。

 

ちなみに、私は今年は自分から生徒たちに提案をしてそういうことをさせるということはしませんでした。なので、教科担任の先生方に申し訳ない気持ちもありますが、普通に最後の授業も終えたと思います。

 

帰ってきて、いただいたメッセージも読みながら、この慣習について考えたことがあるので書いてみます。

 

・素直に嬉しい。読んでいてもやっぱり嬉しい。

一方で、そこまで関係築けていなかったり、いい時間を過ごさせてあげられなかった子に無理に書かせていると思うと少し悲しい。

 

・生徒に、「感謝の気持ちを表す時にはこういうことしたりするんだよ」という経験をさせられる。もし大人になるまでに一度もそういうことをする経験がなく、そういうことができない大人になってしまったら、それはやっぱり味気ない大人になってしまうかな〜と心配になる。

一方で、「感謝の気持ちを表す」ということを、教師からの提案で、子どもによってはあまりそんな気持ちもないのに一律に無理に強いることはいいものかとも思う。

形骸化した行事として捉えて嫌悪感を抱かせたくもない。それにはやはり自然と感謝の気持ちを表したいと思った人に対して、その子達なりの方法で伝えられれば十分かと。

 

・1年間の自分の授業の簡単な通知表になる。生徒たちにはこんな先生に見られていたのかと。ただ、当然プラスの言葉しか子どもたちは書きませんし、通知表としてみるには良くないですね。

あとは身勝手ではありますが、「分かりやすい・楽しい・勉強法を教えてくれた」という感想よりも「仲間と協力する大切さ、人と繋がることのよさ、これからの社会について教えてくれた」と言ってもらえた方が嬉しいんですよね。あとは、先生に感謝というのより、子どもたち同士で感謝しあって欲しい。いやぁ、我ながらとてもわがままです…

 

 

 

皆さんはどんな方針でどんな風に最後の授業を迎えさせていますか?