勤務時間記録表に見る私の働き方の変遷
尊敬する同志がブログで4月の勤務時間記録を公開していたので、面白そうだと思って私も自分のものを遡れる分だけ調べてみました。
4月の分のデータを数年分見返しながら、私の働き方の変遷を紹介しようと思います。
勤務時間記録表を調べてみると、教師3年目(2017年度、平成29年度)からのデータが見つかりました。おそらく、この年から勤務時間記録表をつけて提出することが求められたのだと思います。
3年目4月はこんな感じです。
時間外勤務が182時間と、今考えたら恐ろしい数字になっています。
正規の勤務時間が月に約180時間とすると(1日8時間×22日)、2倍働いてしまっています。当然過労死ラインも優にこえています。身の危険を感じるような出来事もあったわけです。
年度の中でも忙しい方の月であることを鑑みてもちょっと酷いですね。3年目はもう少しマシだと思ってました。
実際、感覚的には「少し慣れてきて空き時間の使い方とかも上手くなってきたかな?」と思ってた頃なので、それでこれということは1〜2年目はもっと酷かったのだと思います。
ちなみに、この年度で一番酷かったのは7月の時間外勤務190時間でした。
学期末で本来の業務が忙し目であることや、部活動がマイナー競技で遠征もあったことが起因しています。
その後、
2018年4月(教師4年目)は149時間30分
2019年4月(教師5年目)は104時間30分
2020年4月(教師6年目)は13時間(コロナによる休校の時期で特殊です)
2021年4月(教師7年目)は16時間15分
2022年4月(教師8年目)は育休中だったためデータなし
2023年4月(教師9年目)は33分
2024年4月(教師10年目)は育休中のためデータなし
という変化です。
9年目の勤務時間記録表も参考までに載せておきます。
こうしてみると、4年目5年目も頑張ってますが、5年目から7年目の変化が大きいです。
3年目くらいから「この働き方では結婚も子育てもできない。何より命も危ない。」と危機感を感じ始め、仕事術系の本を教師向けのものからそうでないものまで読み漁り、色々と実践していました。その効果が4年目、5年目に現れています。
部活動においては、4年目は遠征の数を減らして参加する大会も精選しました。
5年目は学校の決まりとは関係なく、活動日を平日の3日間に減らすという試みをしました。確か計算上、これ以上は上限45時間だったか過労死ライン80時間を部活動のみでオーバーしてしまうためです。
また、校長と交渉し、今後の社会変化を見据え、部活動の数や活動量を縮小傾向に持っていき、地域移行に繋げるよう教育委員会に掛け合ってもらいました。
しかし、それでも部活動の顧問を引き受けている以上時間外勤務を減らすことに限界があると壁を感じたため、6年目についに部活動の顧問を断りました。
それ以降、勤務時間外の部活動指導の一切をお断りしており、その結果が7年目や9年目のデータにも如実に現れています。やはり部活動の働き方に与えるインパクトは大きいです。痛みを伴いますが、着手すべきところです。
そんな変遷を経て、教師7年目からはほとんど定時退勤を実現できていますし、育休や時短勤務まで実現できました。我ながら昔からは想像できないようなところまで来れて、良い結果を出せていると思います。
長くなりましたが、今回自分のデータを遡って紹介したのには、「元々これくらいの働き方をしてしまっていた人でも結構変われるもんですよ。」という希望を持ってもらいたかったからです。
働く大人の皆さん、特に教師をしている方に少しでも希望を持ってもらえたら嬉しいです。
子育て支援室での料理教室に申し込みました
子育て支援室で料理が得意なママさんが講師となって開いてくれる料理教室(米粉クレープを作るらしい)が開かれると聞いて、私も参加申し込みしてきました。
嫁様はこの手のものがあるとよく参加していたので、私も参加して交流をしてこようと思ったのと、嫁様にお土産を持ち帰るためです。
お料理教室なんて初めてでワクワクします。美味しくできたものを持ち帰って喜んでもらえたら嬉しいです。
#男性の育休
#教師の働き方改革
#子育て支援室での料理教室