今日の昼間に見ていたテレビで、工藤校長の本などで出てくる目的思考について考える機会があったので書いてみようと思います。
テレビ番組の企画は「父がジャガイモが苦手なために食卓にじゃがいもを出さないようにしていたら子供もジャガイモが苦手になって、家の食事以外の場面でもジャガイモを避けるようになってしまった。そこで、アレンジ料理によってジャガイモを食べれるようにしよう。」というような感じです。
テレビの企画なんだから面白くみんなに見てもらえればいいのでしょうが、
ここでの目的は
「子供がジャガイモを食べられるようになること」
もそうですが、もっというのであれば
「外での食事(学校の給食なり、働き始めてからの付き合いの食事なり)でも好き嫌いせずジャガイモを食べれるようになってくれるようになること」
だと思います。
二つ目の方が真の目的考えると、アレンジメニューによってジャガイモ感を無くして食べられるようにすることは、大人が手立てを加えすぎることによって子供の成長・変化を阻害してしまっているのかもしれません。実際に外での食事でも食べられるようになって欲しいのであれば、ジャガイモとわかるような一般的な調理法でも食べられなければ意味がありません。外での食事でジャガイモがアレンジメニューとして出ててくることはほとんどないのですから。
今回の企画であれば、それをきっかけにジャガイモへの印象がよくなって通常の調理法でも食べてみようかなと思えればいいのだと思いますが、目的を意識してそこを大事にできないと誤った方向性への手助けになってしまいます。
このことは教育に関しても色々な場面で言えると思います。子供のためと思って色々手を加えたくなりますが、目的を忘れてしまってやり過ぎてしまうと、逆に本来の目的の方向への成長を妨げることになってしまいます。
私たち教師は、どんな人に育って欲しいのか、それが本当に子供のためになるのかという目的思考を常に意識していく必要がありますね。