『学び合い』とアドラー心理学を軸に教育と教師の働き方を考える

公立中学校で教員をしている丹後和磨と申します。関心があるのは『学び合い』、アドラー心理学、部活動の社会体育化、働き方改革、お金の教育、単元自由深度学習、教えない授業です。それらや日々の授業などについて書いています。

要約: 「静かに!」を言わない授業

もくじ
①おすすめの人
②結論
③内容
④URL


①おすすめの人
・教室や授業で私語がうるさくて困っている人
・グループでの学び合い学習や『学び合い』に興味がある人


②結論
・学習者が授業中に行う私語やふざけ合いは素晴らしいものである。それがあるからこそ高い質の話し合いや学び合いが生まれる。私語やふざけ合いは良くないというパラダイムからのシフト。
・ではいかにして私語やふざけ合いを育成するか。


③内容
1章 私語、ふざけ合いへの教師の見方


 一般的に教員はもちろん、それ以外の大人の間でも、生徒たちの間でも、授業中の私語は良くないというのが通説である。そのため教師の説話や生徒の委員会の取り組みなどでは「私語をなくそう!」というものも多いのではないだろうか。
 しかし、本書では私語やふざけ合いは「良い面もある」どころか、「私語やふざけ合いがあるからこそ良い話し合いになるのである」という主張をしている。これは多くの人にとっての常識と異なる主張であり、かなりパラダイム・シフトになると思う。
 著者の研究室では、長期に渡って子どもたちの学習活動での会話を記録し分析していくという大変手間のかかる方法での調査をした結果、そのような考え方の変化に至ったという。
 大事なのはクラスの文化であり、正答偏重文化ではなく経験交換文化を作り上げることができれば、私語やふざけ合いが非常に高い質の話し合いを生み出してくれる。

 


2章 異学年におけるじゃれ合い


著者の研究室では学び合いを通して学習者が学習の主体になる学びの姿を追求しています。しかし、教師が介在しなければならない部分は当然あります。その部分を縮小する方法として異学年学習に着目して行った調査の紹介がされています。
 総合の時間にテーマごとに異学年でグループを組ませて学習しているところを記録していくという方法です。当然、教師から見て真面目に見えるグループと不真面目に見えるグループがあるわけですが、事後アンケートを取ると不真面目に見えたグループのほうが充実感をもっていました。ふざけていたから楽しかったのかというとそうではありません。会話を分析すると、どのグループも活動期間全体を通してみれば課題解決に関する話が中心で、違いは雑談があるかないか、そして協力関係の違いだったそうです。
 意外かもしれませんが、中心となる話題は課題になるというのは確かに落ち着いて考えてみればそうですよね。でなければ課題が終わることはありません。どんなに素行が悪く見える子も一日のうちの90%は正しい行動や判断をしているという話も聞いたことがあります。
 では、協力関係においてどのような違いがあったのかです。それは上の学年が教え、下の学年は教えられるという固定された関係から脱却できたかどうかだそうです。真面目に見えるグループは固定された関係から脱却できず、不真面目に見えるグループでは固定された関係から脱却できていました。
 脱却できた理由を分析すると、活動の目的として、課題達成のみではなく、楽しく仲良くやるということも目的に据えていたことがわかりました。
 これも意外かもしれません。楽しく仲良くやることが目的なら会話の話題の中心が課題についてではなくなりそうだからです。しかし、これもよくよく考えたら「あーなるほど」となるのですが、学年が異なる人達が仲間になるためには共通の目標があることがとても大切です。大人でも一緒に仕事をしたり、趣味の目標を共有したりしながら仲良くなっていくものだと思います。そしてその課程では必ずしも目標とは関係してない私語やふざけ合いというのもあるはずです。そういうものも通しなが仲間になっていくものでしょう。そのように考えると、常に課題に関する会話しか行わないような、一見真面目に見えるグループの会話のほうが異常な状態だと考えることもできます。


この調査から、私語やふざけ合いがあるからこそ、質の高い話し合いと仲の深まりが両立するという考え方を持つ事ができます。

 


3章~6章 同学年の私語やじゃれ合いの様子


同学年の学習ではどのような私語やじゃれ合いが見られるのか。
他者紹介と自己モニターを行なった後は以下の4点を意識しながら平常の授業をするという実践が行われました。
1.学習者に学習目標(目的・内容・期限・人との関わりなど)を明示し、学習者同士が積極的に関わることを勧め、それに伴うグループ学習中の立ち歩きや会話(雑談を含む)を容認する。   2.活動中に生じた疑問などは生徒間で解決することを勧め、直接的な指導を控える。 
3.グループ同士やメンバー同士をつなげるように生徒の活動を可視化する発言・助言を行う(例:あそこで困っているんだけど,手伝ってくれない?グループの人はどうしたいって?)。  4.自分をうまく伝えられない学習者に対して「どうしたいの?」と問うことで言葉の整理などを手伝い、学習者が他と関わるための土台づくりを行う。
すると、無関心、同調、相手の特定できないつぶやき、つぶやきの交換の過程を経て、1ヶ月で私語やじゃれ合いが発生し始めました。

 


しかし、更に2ヶ月観察を続けると、崩壊するグループと関係を維持するグループに分かれました。
2つの違いは、崩壊グループは「役割の分化」があり、維持グループは「平等な作業分担」があったというところです。
具体的には、未熟な誰かを無視するグループは、未熟な生徒の影響が及ばないように役割の分化が生まれ、その後全員の関係も崩れていきました。
「主導的な子どもがメンバーの気持ちを考え一定の役割にさそい、ローテーションする文化」をクラスに根付かせ、可能にして上げることが必要になってきます。
それが可能になるためには「逃げる」ことが許される環境が大切です。

 


 例えば、サルの社会を研究すると、檻のやサル山では社会的地位の高さが固体や子孫に影響を与えるが、自然状態では影響を与えないことがわかっています。
原因はその集団が嫌なら逃げることができるからだそうです。
学校でも集団が嫌なら逃げることができるようにすれば、前述のような誰かを排除するような役割分担が生まれないのではと考えられます。
この研究室では、班の構成を自由にするか、教師が指定するかということについて議論がされてきましたが、どうやって班を作るかよりも、班の再構成をどれだけ認めるかが大切だという結論に至っています。
実際、調査中班構成を自由にさせると、経験交換の会話ができていたグループ以外は、次の回で班を再構成する割合が高くなっていたみたいです。

 


 さて、生徒同士の私語やじゃれ合いを認める授業の中で、教師はどのように生徒から見られていて、どのように関われば良いのでしょうか。
生徒へのアンケート調査からは、教師は教え手や協力者というよりは、評価者として見られていることがわかりました。
評価者として、こまめな評価やフィードバック、ほめるやつぶやく、認めることなどを意識して行い、喜びを分かち合ったら共感したりする関係が望ましいそうです。

 


7章 使用上の注意(27禁)


この本の趣旨である、私語やじゃれ合いがあるからこそ質の高い学び合いができるという考え方は、一般的な授業のイメージとは異なるものです。
そのため、抑えどころを逃して失敗してしまわないように失敗のパターンが4つ紹介されています。
1 任せきれずにあきらめる
2 目標が不明確
3 手段を与えない
4 何もしない放任


ポイントは常に自分で考え続けて判断する教師であることです。それができていれば、ケースごとに本書に書かれていることと異なる指導が有効であることもあります。

 


8章 良いじゃれ合いと悪いふざけ合いの見分け方


テストや作品(目標が達成されたかどうか)で見分けることができます。


終章 終わりに


著者の行っている臨床的研究の方法やと特徴がまとめられています。
社会、親、子ども、発達段階のせいにしないこと。
授業中に起こることの全ての責任を自分において、できないことを前提にではなく、こうすればできるかもしれないという前提に立つこと。
これなの姿勢が学びになりました。

 

 

④URL

私は大学生の時に大学の図書館でこの本を読み、他の本とは全く視点の異なるこの本に驚きとワクワクを覚えました。

本のタイトルを見て「どうゆうこと?」と思う人にはぜひ一度読んでいただきたいです。

 

https://www.amazon.co.jp/「静かに!」を言わない授業-西川純-ebook/dp/B07L41LZ6N/ref=mp_s_a_1_1?dchild=1&keywords=静かにを言わない授業&qid=1608379289&sr=8-1